浜名湖に立つ赤い鳥居を見たことがある方も多いのではないでしょうか。

 

この赤い鳥居の正式名称は「浜名湖観光タワー」。

 

赤い鳥居はそこからほど近い場所に鎮座する弁天神社に由来するものになります。

 

この記事では弁天神社の御朱印・御朱印帳・お守りの種類、ご利益、歴史、アクセス方法についてまとめています。

 

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弁天神社(浜松市)の御朱印について

弁天神社の御朱印は1種類、初穂料は300円です。

 

ただし社務所は無人ですので、一般的な神社とは異なり、自分でいただかなければなりません。

 

参拝を終えたら拝殿に向かいましょう。

 

御朱印は書き置きタイプですので、拝殿の扉から必要な枚数をいただきます。

 

その後に、近くに置かれている「賽銭箱」に初穂料を納めます。

 

弁天神社(浜松市)の御朱印帳について

 

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弁天神社の御朱印帳についてですが、情報はありませんでした。

 

新しい情報が入りましたら、更新したいと思います。

 

弁天神社(浜松市)のお守りについて

弁天神社のお守りについてですが、こちらも情報はありませんでした。

 

新しい情報が入りましたら、随時更新します。

 

それまでお待ちください。

 

弁天神社(浜松市)の神様のご利益について

 

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弁天神社の御祭神は市杵島姫命です。

 

ご利益は以下の通りです。

 

【市杵島姫命】

  1. 金運
  2. 商売繁盛
  3. 航海守護
  4. 交通安全
  5. 学業成就
  6. 芸能上達

 

市杵島姫命は瀛津嶋姫命、市寸島比売命、狭依毘売命などと表記される水の神・海の神です。

 

素戔嗚尊と天照大御神が高天原で誓約した際に生まれ、宗像三女神(田心姫命・湍津姫・市杵島姫命)の一人になります。

 

三女神は素戔嗚尊の十握剣から生まれましたが、天照大御神の勾玉からは

  • 天之忍穗耳命
  • 天穂日命
  • 天津彦根命
  • 活津彦根命
  • 熊野櫲樟日命

の五皇子が生まれています。

 

弁天神社(浜松市)の歴史について

弁天神社の創建は、1709年。

 

現在の埼玉県川越市にあたる武蔵川越城下仙波村の、弁財天(市杵島姫命)を航路定浚人・松葉屋喜兵衛がこの地に勧請したことが始まりとされています。

 

その昔、島へ渡る手段は今切渡船を利用するしか方法がありませんでした。

 

1707年の宝永地震によって今切渡船は大きな被害を受け、島へ渡ることが難しくなってしまいます。

 

それを知った松葉屋喜兵衛は即座に復旧工事を請け負い、早急に完了させます。

 

その後の年表は以下の通りです。

 

 

1709年:松葉屋喜兵衛により、今切渡船の安全を祈願するための弁天神社を建立

 

 

1854年:安政地震発生

   :津波により、社殿が流される

   :復興する資金集めに困窮

   :たちの尽力で仮社殿造営

 

1873年:地租改正によって境内地は官有第一種地に編入

   :岐佐神社に合祀

 

1881年:復帰し、社殿建立

 

1890年:現在の地に鎮座

 

1908年:社殿修築

 

 

ここで、弁天神社のある弁天島に伝わる天女伝説を紹介しましょう。

 

遠い昔、弁天島周辺には砂洲が続き、白砂青松の景色が広がる風光明媚な土地柄だったそう。

 

その美しい風景に魅せられた天女が舞い降りると、村人たちは歓迎して天女を迎えます。

 

ぜひとも留まってほしいと訴えますが、いつしか天女は空の彼方へ。

 

その後、幾度かの自然災害に見舞われるうち、砂洲は湖の中に流され、一部分のみの島だけが残る形となりました。

 

工事を請け負っていた松葉屋喜兵衛は、今切渡船の安全を祈願し、弁天神社の創建に尽力します。

 

また、境内には天女伝説が伝わる松があり、縁結び・子宝の松として地元の人々はもちろん、観光客などからも親しまれているとのことです

 

浜名湖弁天島を詠んだ正岡子規・松島十湖・茅原華山の文学碑が境内に建立されていますので、彼らの経歴を紹介しましょう。

 

 

【正岡子規】

「天の川濱名の橋の十文字」

 

俳人、歌人

慶応3年9月17日~明治35年9月19日

戒名 子規居士

 

20歳:「虫の音を踏わけ行や野の小道」

21歳:養祖母・小島久を追悼「添竹の折れて地にふす瓜の花」

22歳:夏目漱石と出会う

  :子規と号し、ほととぎすの句を詠む

24歳:高浜虚子と文通を開始

25歳:神戸にて、母・妹と暮らす 

  :日本新聞社入社

  :「獺祭書屋俳話」の連載を開始

26歳:「芭蕉雑談」の連載を開始

27歳:「上野紀行」を発表

28歳:日清戦争従軍記者として同行

  :従軍中の森鴎外を訪ねる

29歳:歩行困難となり、カリエスの手術を受ける

30歳:「俳人蕪村」の連載を開始

34歳:「墨汁一滴」の連載を開始

  :「病牀六尺」の連載を開始

  :永眠

 

【松島十湖】

「月や風や夏しら波の海と湖」

 

俳人

嘉永2年3月17日~大正15年7月10日

 

15歳  俳人・栩木夷白の弟子になり、雅号を十湖とする

17歳  俳句選者となる

    伊東嵐牛・橘田春湖に教えを乞う

20歳  中善地に渡し船をつくるため、浜松県庁に36回の直談判を行い、許可を得る

25歳  中善地村で「三方報徳社」を組織

27歳  浜松県公選民会・議員に選出、県会議員となる

41歳  「西遠農学社」を創立

47歳  浜名郡郡会議員就任

77歳  永眠

 

八幡宮「浜松は出世城なり初松魚」

細江神社「三日見ぬ細江のへりの青田哉」

実相寺「何事もかかる浮世か月の雲」

など、松島十湖の句碑は天竜川以西の静岡県には900を超える句碑が建立されており、そのうちの400が東区に建立されているとのことです。

 

【茅原崋山】

「移棹休揺湖底天 芙蓉如夢蘸華巓 不関咫尺海濤壮 白鳥白帆相伴眠」

 

評論家

明治3年8月3日~昭和27年8月4日

 

「民本主義」を提唱した人物

東北日報の論説記者、「山形自由新聞」主筆、「長野新聞」主筆などを歴任

石田友二とともに「第三帝国」を創刊

 

弁天神社(浜松市)のアクセス方法について

弁天神社の住所、アクセス方法は以下のとおりです。

 

(住所)

431-0214

静岡県浜松市西区舞阪町弁天島2669

TEL 053-592-0304

FAX 053-592-8487

TEL 053-592-0757(舞阪町観光協会)

 

(アクセス)

車の場合  東名浜松ICより約50分

車の場合  東名浜松西ICより約35分

車の場合  東名三ヶ日ICより約35分

電車の場合 東海道線 浜松駅より約15分

電車の場合 東海道線 豊橋駅より約25分

電車の場合 弁天島駅で下車 徒歩3分

 

まとめ

・弁天神社(浜松市)の御朱印は1種類、初穂料は300円。

 

・弁天神社(浜松市)の御朱印帳は不明。

 

・弁天神社(浜松市)のお守りは不明。

 

・弁天神社(浜松市)の神様のご利益は、金運・商売繁盛・航海守護・縁結び・子宝など。

 

・弁天神社(浜松市)の歴史は古く、創建は1709年である。

 

・弁天神社(浜松市)へのアクセスは車が便利。

 

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!

 

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