祇園祭は多数の見所がありますが、特に注目が集まるのが山鉾巡行です。

 

33基もある山鉾の中で「山鉾の主役」といえる山鉾こそ、今回紹介する長刀鉾ではないでしょうか?

 

そんな長刀鉾では、お稚児さんが”注連縄切り”という山鉾巡行にとって大切な行事を行うようです。

 

この記事では『長刀鉾の生き稚児が行う注連縄切り・長刀鉾がくじ取らずになった理由・長刀鉾の歴史と由来』について解説していきます。

 

【祇園祭】長刀鉾の生き稚児の注連縄切りと結界の関係

祇園祭で見られる長刀鉾では、”稚児”という男の子が注連縄切りという行事を行います。

 

この注連縄切りは境界線の意味を持ち、「神域への結界を解き放つ」役割がある大切な行事です。

 

この行事によって結界は解かれているので、山鉾は人間の世界から神様の世界(八坂神社)へと進むことができます。

 

注連縄切りが見られるのは、7月17日の山鉾巡行が始まってすぐの四条麩屋町です。

 

7月15日に行われる行事「斎竹建て」で建てられた”斎竹”に注連縄が貼られており、神様の使いである稚児がその注連縄を切ります。

 

注連縄切りを行う際は太刀を用いるので当然小さな男の子だけでは危険です。

 

そのため下記動画にもありますが、男性がお稚児さんの後ろで二人羽織のようにサポートしています。

 

 

動画を見た感じだと重そうな太刀ですが、男性が支えてくれているのなら安心ですね!くれぐれもケガには注意して、大切な行事をこなしてほしいと思います!

 

ちなみに注連縄切りを行う数週間前の7月5日15時15分ごろに、疫病の退散を願う「太平の舞」を四条烏丸にある長刀鉾保存会所で行います。

 

この舞は気品を感じられて美しく、保存会所の窓から身を乗り出す大きな動作が特徴的です。(もちろん太平の舞も後ろで男性が支えています)

 

 

詳しい場所は下記に記載しているので、もし時間がある場合は実際に太平の舞を見てみることをオススメします!

 

引用:わかさ生活

 

7月5日に見られなくても17日の山鉾巡行中に見学できるため、どちらか都合の良い日にぜひ見てみてくださいね!

 

長刀鉾で行う注連縄切りの歴史について

 

 

実は注連縄切りを稚児が行うようになったのは1956年(昭和31年)からです。

 

1956年以前はお稚児さんではなく、長刀鉾の関係者が注連縄切りを行っていました。

 

ちなみに長刀鉾保存会評議員の木村幾次郎さんは、江戸時代ごろの注連縄切りの歴史について次のように語っています。

 

「江戸時代は、かみしもを着けた都や幕府の役人が、腰の位置くらいに張られた注連縄を切っていたという記録があります。それがいつの間にか途絶えてしまったんです」

出典:リビング京都

 

私は勝手に「注連縄切りは大昔からお稚児さんが行っていた」と思っていましたが、昭和時代から始まったんですね(^^;)

 

祇園祭は平安時代から始まった歴史の長いお祭りなので、稚児の注連縄切りの歴史が意外にも浅かったことにかなり驚きました!

 

【祇園祭】長刀鉾がくじ取らずとなった理由

前祭と後祭で行われる山鉾巡行は、以下記載の9基の山鉾を除いてすべてくじ引きで順番が決められています。

 

(前祭のくじ取らず)

  1. 長刀鉾
  2. 函谷鉾
  3. 放下鉾
  4. 岩戸山
  5. 船鉾

 

(後祭のくじ取らず)

  1. 橋弁慶山
  2. 北観音山
  3. 南観音山
  4. 大船鉾

 

上記以外の山鉾の巡行順番を決める儀式を「くじ取り式」といいます。

 

しかしなぜ長刀鉾はくじ取り式を行わないのか。

 

それは古来からどんなことがあっても、”長刀鉾は必ず巡行の先頭を行く”と決められているからです。

 

しかし長刀鉾が巡行の先頭となった具体的な理由は、残念ながら判明しませんでした。

 

なのでここからは私の考えになります。

 

長刀鉾は前項目で説明したように「注連縄切り」という大事な儀式を行うため、山鉾巡行の先頭になったのではないか?と私は考えています。

 

前述の通りお稚児さんが注連縄切りを行うようになったのは昭和時代です。

 

しかし長刀鉾保存会の木村さんのコメントによると、注連縄を切る儀式自体は少なくとも江戸時代にはあったことが分かります。

 

祇園祭は歴史が非常に長いお祭りなので、江戸時代以前にもそのような儀式が行われていた可能性は十分にあります。

 

その儀式が長刀鉾の担当だったため、山鉾巡行発足当初からくじ取らずで巡行の先頭を行くのではないでしょうか。

 

もちろんタイムマシンでもない限り、過去の歴史を見ることはできないので真相は不明です。

 

しかしこのように”あったかもしれない歴史”を想像することも、祇園祭の楽しみの1つかもしれませんね!

 

【祇園祭】長刀鉾の歴史や由来について

 

 

長刀鉾は疫病や悪いモノをはらうために、鉾先に付けられた大長刀がその名前の由来です。

 

下記に長刀鉾の見た目が分かる画像を紹介していますが、実際に巨大な長刀が付けられていることが分かります。

 

長刀鉾の鉾先画像

 

ちなみにこの長刀は過去に2回製作者が変わっており、初代は三条宗近という人物です。

 

そして1522年から現在に至るまで、三条長吉が制作した長刀のレプリカを鉾先に用いています。

 

そこで二人が製作した長刀の逸話について、以下に簡潔にまとめているのでご確認ください。

 

【三条宗近むねちか

 

長刀鉾の初代長刀は宗近が娘の病気回復の祈願として八坂神社に奉納した。

鎌倉時代にとある武士がこの長刀を用いたが、不思議なことが続けて起こったので使用をやめて返納した。

 

【三条長吉ながよし

2代目の長刀は室町幕府の12代目の将軍である足利義晴が三条長吉に造らせた。

この長刀は長さが147cmで握る部分には「平安城住三条長吉作」とあり、「大永2年6月3日」と製作年月日も記している。

 

ちなみに長刀鉾はすべての山鉾の中で最も歴史が長いといわれています。

 

もしかするとこの歴史の長さも、長刀鉾のくじ取らずに関係しているのかもしれませんね!

 

まとめ

・長刀鉾で行う注連縄切りは「神域への結界を解放」する役割をもつ大切な儀式だ。

 

・長刀鉾はくじ取らずとして、山鉾巡行発足当初より必ず巡行の先頭を行く。

 

・長刀鉾は33基の山鉾の中で最も歴史が長く、鉾先の長刀はたびたび製作者が変わっている。

 

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!

 

 

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