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日光東照宮でもかなり有名で人気がある鳴き龍。現在でも鳴き龍を見るために多数の参拝客が訪れています。

 

鳴き龍の名前のとおり、絵の下で拍手すると不思議なことに音が響き渡るのです。

 

あなたはそんな不思議な現象が起こる仕組みをご存知ですか?

 

この記事では『日光東照宮の鳴き龍の歴史・音がなる仕組み・龍の絵の意味・作者の名前と経歴』について詳しく解説しています。

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日光東照宮の鳴き龍の歴史について

驚く人

 

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日光東照宮の鳴き龍は薬師堂(本地堂)に描かれています。

 

鳴き龍が描かれた薬師寺は1961年に起こった火災によって、建物全体が消失する悲劇に見舞われました。

 

そのため現在の鳴き龍は堅山南風かたやまなんぷうという画家によって復元されたものです。

 

下記画像が復元前と復元後の鳴き龍です。

 

【復元前の鳴き龍】

鳴き龍の復元前の絵

引用:https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/nakiryu.htm

 

【復元後の鳴き龍】

鳴き龍の復元後の絵

引用:https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/nakiryu.htm

 

ちなみに復元前と復元後の音の響き方は少し違っています。

 

次の項目で復元前と復元後の音の違いを実際に聴いてみましょう!

 

日光東照宮の鳴き龍は復元前と復元後で音が異なる

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まずは復元前の音から聴いてみたいと思います。

 

 

 

 個人的には復元後の音は鈴が鳴っているような軽い感じの印象を受けました!一方で復元前は、音の響きが重く感じられました。 

 

鳴き龍から音が鳴る仕組みはフラッターエコー現象が関係

悩む人

 

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日光東照宮の鳴き龍の下で音が響く理由はフラッターエコー現象という音響現象が関係しています。

 

フラッターエコーとは繰り返して反射した音のことです。

 

フラッターエコー現象が発生するのは以下の条件に当てはまっている場合です。

 

  1. 天井の中央がへこんでおり、音が拡散しにくいこと
  2. 床と天井に音が反響しやすい素材(固い木材)を使用していること

 

実は鳴き龍の顔の部分は6センチほどのへこみがあるのです。

 

床とへこみの間で音が反響しているため、顔の下で音を鳴らすと響いて聴こえます。

 

顔の部分がホールの役割を果たしているということですね。

 

龍の体の下だと音が響かないのは体部分はへこんでいないからです。

 

イラストで簡単に表すと以下のようになります。

 

鳴き龍の音が響く理由

 

鳴き龍の顔部分が凹んでいるのは湿気や乾燥の影響

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鳴き龍の顔部分がへこんでいるのは湿気や乾燥の影響です。

 

日光東照宮は1636年に創建されました。

 

長い年月による湿気や乾燥で顔部分が自然に曲がったのではないか?と推測されています。

 

鳴き龍から音が鳴る現象は偶然発見された

 

鳴き龍の下で音が響く現象は、1905年ごろに偶然発見されました。

 

それ以前は日光東照宮の内部が一般公開されておらず、誰も気づいていませんでした。

 

鳴き龍の下で音が響く現象が発見された経緯は下記の通りです。

 

 【音が響く現象を発見した経緯】

  1. 鳴き龍がある薬師堂を掃除していた人がいた。
  2. 天井に住みついたハトを追い出すため、龍の下で手をたたいた。
  3. すると薬師堂に音が響き渡った。
  4. この話があっという間に全国に広がり現在に至る。

 

 鳴き龍が有名になったきっかけが偶然だったとは、本当に驚きですね(笑) 

 

また、鈴のような音がすることから鈴鳴き龍と呼ばれることもあるようです。

 

龍の絵の意味は雨や水と関係している

雨

 

鳴き龍のように神社仏閣の天井に龍が描かれるのは、以下の2つの理由があるためです。

 

  1. 龍は水を司る神様なので、神社仏閣を火災から守ってくれるから
  2. 龍は雨を自在に操れるとされるため、法の雨を降らせてくれるから

 

法の雨とは下記の意味がある仏教用語ですね。

 

仏法が衆生(しゅじょう)をあまねく慈(いつく)しみうるおすことを、雨にたとえていう語。法雨(ほうう)。

出典:デジタル大辞泉

 

鳴き龍があるのは薬師堂(仏道)なので、仏教の考えと関係していても不思議ではありませんね!

 

日光東照宮の鳴き龍の作者は狩野安信

 

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鳴き龍の作者は狩野安信(かのうやすのぶ)という画家です。安信の詳しいプロフィールは下記で紹介しますね。

 

【作者のプロフィール】

名前:狩野安信(かのうやすのぶ)

出生地:京都府

幼名:四朗二郎・右京

父:狩野孝信

兄:狩野探幽・狩野尚信

養父:狩野貞信

 

狩野安信は江戸時代前期に活躍した狩野派の絵師です。

 

現在では鳴き龍の作者として功績を残していますが、幼少期はその才能が評価されていなかったようです。

 

安信には探幽(たんゆう)と尚信(なおのぶ)という二人の兄がいました。安信は兄たちに比べて画才が劣っていたようです。

 

特に指導を受けていた兄、探幽からはひどい扱いをうけていたと書物に記録があります。

 

安信の弟子である狩野昌運(かのうしょううん)が後に記した『昌運筆記』には、安信が探幽に嫌がらせを受けた逸話が記されています。

 

三兄弟が絵画の依頼を受けたときも、探幽は安信に筆を執らせませんでした。

 

あるとき、安信が浅草観音堂の天井に『天人・蟠龍(ばんりゅう)図』を描いた時も、探幽は「このような絵は飾るに値しない」と酷評した話が残っています。

 

安信は厳しい兄から指導を受けることで、技術の向上に務めました。

 

それから時が経ち60歳になった安信は、一部の限られた絵師しか描くことを許されない賢聖障子げんじょうのしょうじの依頼を受けました。

 

賢聖障子とは、内裏(天皇の私的区域)の母屋と北廂の境に立てられる仕切りのことです。

 

安信は見事依頼を遂行し、晴れて狩野家の筆頭絵師としての地位を築きました。

 

ちなみに、幼少期に厳しく指導された探幽とは、歳を重ねるにつれてお互いの画風の違いを認め合ったと伝わっています。

 

まとめ

・日光東照宮の鳴き龍は1961年に火災によって消失している。

 

・鳴き龍の下で音が響く仕組みはフラッターエコー現象が関係している。

 

・鳴き龍の作者は狩野安信という狩野派の画家である。

 

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最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!

 

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