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あなたは「日光東照宮鳴き龍作者は誰?」と気になっていませんか?鳴き龍は本当にカッコよくて私も大好きです!

 

そんな龍の迫力を見事に表現した作者は一体何者なのでしょうか?

 

この記事では『鳴き龍の作者の名前や経歴・天井に龍を描いた理由』についても深堀りしていきます。

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日光東照宮の鳴き龍の作者の名前やプロフィールは?

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鳴き龍の作者は狩野安信かのうやすのぶです。安信の詳しいプロフィールは下記で紹介しますね。

 

【作者のプロフィール】

名前:狩野安信(かのうやすのぶ)

出生地:京都府

幼名:四朗二郎・右京

父:狩野孝信

兄:狩野探幽・狩野尚信

養父:狩野貞信

 

次の項目では安信の詳しい経歴を紹介します。

 

鳴き龍の作者の経歴は?

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狩野安信は江戸時代前期に活躍した狩野派の絵師です。

 

現在では鳴き龍の作者として功績を残していますが、幼少期はその才能が評価されていなかったようです。

 

安信には探幽たんゆう尚信なおのぶという二人の兄がいました。安信は兄たちに比べて画才が劣っていたようです。

 

特に指導を受けていた兄、探幽からはひどい扱いをうけていたと書物に記録があります。

 

安信の弟子である狩野昌運かのうしょううんが後に記した『昌運筆記』には、安信が探幽に嫌がらせを受けた逸話が記されています。

 

三兄弟が絵画の依頼を受けたときも、探幽は安信に筆を執らせませんでした。

 

あるとき、安信が浅草観音堂の天井に『天人・蟠龍ばんりゅう図』を描いた時も、探幽は「このような絵は飾るに値しない」と酷評した話が残っています。

 

安信は厳しい兄から指導を受けることで、技術の向上に務めました。次の項目では、安信の晩年の経歴を紹介します。

 

作者の晩年期の経歴は?

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60歳になった安信に、一部の限られた絵師しか描くことを許されない賢聖障子げんじょうのしょうじの依頼を受けました。

 

賢聖障子とは、内裏(天皇の私的区域)の母屋と北廂の境に立てられる仕切りのことです。

 

安信は見事依頼を遂行し、晴れて狩野家の筆頭絵師としての地位を築きました。

 

あ、そうそう、幼少期に厳しく指導された探幽とは、歳を重ねるにつれてお互いの画風の違いを認め合ったと伝わっています。

 

狩野派ってどんな集団?

狩野派とは親や兄弟など血縁関係を軸にした日本史上最大の専門画家集団です。

 

室町時代中期に成立し、なんと明治時代初期まで続いていたようです。活動期間を合計すると658年にも及びます。

 

 現在からたった130年前まで活躍していたとは、にわかに信じられませんね(笑) 

 

狩野派で有名な画家は誰?

狩野派の中でも特に有名な人物としては以下の数名が挙げられます。

 

狩野正信

周茂叔愛蓮図引用:Wikipedia

 

狩野元信

白衣観音図

引用:Wikipedia

 

狩野探幽

春景図引用:Wikipedia

 

狩野山楽

紅梅図襖

引用:Wikipedia

 

狩野派は様々なジャンルの絵画を得意としており、日本の美術界にかなり大きな影響を与えました。

 

上記の画像だけでも、多様な様式や雰囲気があるのが分かると思います。

 

狩野派の絵画手法の特徴は?

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狩野派に属する絵師の特徴として、先祖代々のお手本や技術を忠実に学んでいることが挙げられます。

 

しかし、安信の兄である探幽以降の狩野派は、伝統と勢力を守ることに重点をおいています。

 

そのため、探幽以降の狩野派絵師は創造性を失っていったと考える人もいるようです。

 

もちろん、先祖代々の伝統を守ることは流派形成のために大切です。

 

円山四条派まるやましじょうは琳派りんぱなどでも狩野派と同じ学習方法がとられています。

 

次の項目では、日光東照宮の薬師堂に鳴き龍が描かれた理由を解説します。

 

薬師堂の天井に鳴き龍が描かれた由来や意味は何?

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鳴き龍のように神社仏閣の天井に龍が描かれるのは、以下の2つの理由があるためです。

 

  1. 龍は水を司る神様なので、神社仏閣を火災から守ってくれるから
  2. 龍は雨を自在に操れるとされるため、法の雨を降らせてくれるから

 

法の雨とは下記の意味がある仏教用語ですね。

仏法が衆生(しゅじょう)をあまねく慈(いつく)しみうるおすことを、雨にたとえていう語。法雨(ほうう)。

出典:デジタル大辞泉

 

鳴き龍があるのは薬師堂(仏道)なので、仏教の考えと関係していても不思議ではありませんね!

 

まとめ

・日光東照宮の鳴き龍の作者は、狩野安信という江戸時代前期の画家である。

 

・安信は60歳の時に狩野家の筆頭画家として高い評価を得ている。

 

・天井に竜の絵が描かれるのは以下の二つの理由があるためだ。

 

  1. 龍は水を司る神様なので、神社仏閣を火災から守ってくれるから
  2. 龍は雨を自在に操れるとされるため、法の雨を降らせてくれるから

 

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!

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