栃木県の日光東照宮にはかなり大きな五重塔があります。

 

スマホ検索で見ても大きいのは分かりますが、実際に見てみると圧倒的な高さで驚きますよね!

 

そんな五重塔は一体どれくらいの高さなのでしょうか?

 

この記事では『日光東照宮の五重塔の高さ・横幅のサイズ・十二支の彫刻の意味』について詳しくお話ししています。

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日光東照宮の五重塔の高さや大きさは何メートル?

五重塔

 

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日光東照宮の五重塔は高さが36メートルもある巨大な塔です。東照宮の五重塔は全国で6番目に大きいと言われています。

 

36メートルと言えば12階建てのビルに匹敵するぐらいの高さになりますね(笑)

 

あ、そうそう、五重塔は日光や奈良だけでなく、日本全国に多数存在することをご存知でしょうか?

 

次の項目では日本一高い五重塔と、日本一低い五重塔を簡単に紹介します。

 

日本一高い五重塔の高さは何メートル?

 

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全国で最も大きい五重塔は京都府の東寺とうじに存在します。

 

高さは約55メートルもあり、20階~25階のビルに匹敵します。これは木造の建築物としても日本一の高さです。

 

日本一低い五重塔の高さは何メートル?

 

 

最も小さい五重塔は奈良県の室生寺むろうじにあります。高さは約16メートル4階建てのビルに相当します。

 

 16メートルでもかなり高く感じますが、他の五重塔が高すぎるのです(笑) 

 

 東照宮の五重塔(36メートル)でも6番目の高さとは信じられません…! 

 

五重塔の横幅はどれくらいあるの?

 

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日光東照宮の五重塔は横幅が約6メートルはあります。

 

古い時代の五重塔ほど横幅のサイズが広く、どっしりとした造りになっています。

 

東照宮の現在の五重塔は、江戸時代後期に完成したため横幅はほっそりとしてスリムです

 

これは余談ですが五重塔の内部に感想ノートが設置されています。

 

その中でも「五重塔みたいな女性になりたい!」とか「心柱のような女になりたい!」書く女性が一定数いるようです(笑)

 

(時間があれば実際に探してみてはいかがでしょうか^^)

 

 たしかに五重塔はスリムな体型ですが、心柱のようになりたい気持ちはよく分かりません(^^;) 

 

女性の憧れ(?)となっている心柱は次の項目で解説しています!

 

女性の憧れ?心柱(しんばしら)って何?

 
下記画像のように、五重塔の内部には直径60センチもある巨大なが吊り下げられています。これを心柱と呼びます。
 
 
日光東照宮の心柱
 
日光東照宮の心柱
 
心柱は四階から鎖で吊り下げられており、地面から約10センチほど浮いているのが分かります。
 
一体なぜ、巨大な柱をわざわざ宙に浮かしているのでしょうか?
 
調べてみると下記の二つの理由があることが分かりました。
 
  1. 心柱制振
  2. 木造建築のひずみ調整のため
 
それでは理由を一つずつ解説していきますね。

 

心柱制振って何?

 
心柱制振とは地震の揺れを抑えるための方法です。
 
心柱は吊り下げられているため、振り子のような状態になっています。
 
地震が起こった場合は心柱が振り子の役目となって振動を緩和してくれるのです。
 
あ、そうそう、五重塔は心柱制振のおかげで、3.11東日本大震災のときも大きな被害を受けずに済んだそうですよ
 

木造建築のひずみ調整って何?

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五重塔のような木造建築は長い年月が経つと建物自体が歪んできます。原因は建物自体の重さや木材が伸縮するためです。
 
これは五重塔も例外ではありません。
 
もし心柱が浮いていなかったら、五重塔が長い年月をかけて伸縮したときに、屋根を突き破ってしまいます。
 
このような事態を避けるために、心柱は懸垂けんすいという宙に浮かせた構造になっているのです。
 
五重塔が地震に強い建物と昔から言われているのは、懸垂式の心柱のおかげかもしれませんね!
 
これは余談ですが、東京スカイツリーの耐震システムは五重塔の心柱制振を応用しているそうですよ!
 
2013年にスカイツリーが開業したときは、耐震システムの元になった、東照宮の五重塔内部が公開されました。
 
また、東照宮の五重塔は心柱だけでなく、屋根も非常に特徴的な構造をしています。
 
次の項目では屋根の構造について簡潔に説明します。

 

屋根の構造も特徴的?

東照宮の五重塔の屋根は、ピッタリと密閉されておりスキマがありません。

 

その理由は木材の状態変化を少しでも軽減するためです。

 

木材は伐採された後も乾燥や湿気の影響を受けます。その悪影響は以下の通りです。

 

  • 湿気の影響を受けると…:水分を吸収するため木材が伸びる
  • 乾燥の影響を受けると…:水分を放出するため木材が縮む

 

環境の影響により木材の大きさが変化すると、歪みが生じるために五重塔全体がグラグラします。

 

グラつきを少しでも防ぐために屋根がこのような構造になっているのです。

 

仮に木材が歪んでしまった場合でも、心柱が天井を突き抜けないようにする目的もあります。

 

次の項目で建立年を説明していますが、当時にこれほどの建築技術があったとは信じられません…!

 

五重塔が建てられた年はいつ?その歴史が悲惨だった…

泣く女性

 

関連:日光東照宮の龍の絵の下で音が響く理由判明!簡潔に原因を解説!

 

日光東照宮の五重塔は1615年に建てられました。1615年と言うと江戸時代前期ですね。今から約400年も前のことです。

 

五重塔には悲惨な歴史があり、1815年に火災で焼失しています…。

 

そのため、現在あなたが見ている五重塔は再建された物になります。

 

次の項目で、初代と2代目の五重塔を寄付した人物について見ていきましょう!

 

五重塔の寄付者の名前や経歴は?

焼失前の初代五重塔を寄付したのは酒井忠勝さかいただかつという人物です。簡単な経歴は以下の通りです。

 

【酒井忠勝の簡単な経歴】

 

生年月日:1587年7月21日

没年月日:1662年8月25日(75歳)

出身地:愛知県西尾市

 

忠勝は徳川家康の家来の子どもとして愛知県西尾市に誕生しました。

 

1627年に父親の後継ぎのため、埼玉県川越市周辺の2代目のお殿様になったそうです。

 

そして忠勝は、1650年の63歳の時に初代五重塔を東照宮へ寄付しました。

 

2代目五重塔の寄付者の名前と経歴は?

 

焼失後の2代目五重塔を寄付した人物は酒井忠進さかいただゆきです。簡単な経歴は以下の通りです。

 

【酒井忠進の簡単な経歴】

生年月日:1770年3月9日

没年月日:1828年1月27日(59歳)

 

初代五重塔を寄付した忠勝から数えて忠進は10代目のお殿様です。忠勝の遠い子孫になりますね。

 

忠進は1818年の48歳の時に東照宮へ2代目五重塔を寄付しました。

 

日光東照宮の五重塔は重要文化財に指定されていた!?

驚く女性

 

東照宮の五重塔1908年8月1日(土)に重要文化財に指定されています。

 

東照宮には他にもたくさんの重要文化財や国宝があります。そこで下記に重要文化財と国宝で分けてみました。

 

とても貴重なので実際に見てみることをオススメします!

 

【東照宮の重要文化財(合計:9ヶ所)】

  1. 石鳥居
  2. 五重塔
  3. 表門
  4. 三神庫
  5. 神厩舎しんきゅうしゃ・三猿
  6. 御水舎
  7. 神輿舎
  8. 祈祷殿
  9. 奥宮

 

【東照宮の国宝(合計:5ヶ所)】

  1. 陽明門
  2. 廻廊
  3. 唐門
  4. 御本社
  5. 眠り猫

 

次の項目では五重塔が持つ役割についてお話しします。

 

五重塔にはどんな意味があるの?

笑顔の女性

 

関連:日光東照宮の世界遺産登録の理由がすごい!登録範囲や対象物情報あり!

 

五重塔は仏教の五大思想を表しています。五大思想とは以下の意味があります。

 

仏語。万物をつくる五つの要素。の五大種。

出典:デジタル大辞泉

 

五重塔は古代インド⇒中国⇒朝鮮半島⇒日本の順番で伝わってきました。

 

木造の五重塔は日本に数多く残っており、中国や朝鮮半島ではあまり残っていないようです。

 

次の項目では五重塔の起源と由来を簡潔に解説しています。

 

五重塔の起源や由来は?

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五重塔の起源は3世紀の古代インドまでさかのぼります。

 

当時の古代インドでお釈迦さんの遺骨を祀るために建てられた、ストゥーパと呼ばれる仏塔が由来です。

 

また、ストゥーパの「トゥ」は「塔」の語源にもなっています。

 

 語源の話は大学の先生から教えてもらったので、正しい情報だと思います!! 

 

次の項目で五重塔に彫られた十二支の彫刻の秘密について見ていきましょう!

 

日光東照宮の五重塔の十二支の画像は?

笑顔の女性

 

高さが35メートルもある巨大な五重塔は、東西南北で見られる十二支は異なるので、以下に方角別にまとめてみました。
 
【五重塔の東の十二支】
 
日光東照宮の寅の彫刻
 
ウサギ
日光東照宮のウサギの彫刻
 
日光東照宮の龍の彫刻
 
【五重塔南側の十二支】
 
日光東照宮のヘビの彫刻
 
 
日光東照宮の馬の彫刻
 
 
日光東照宮の羊の彫刻
 
 
【五重塔西側の十二支】
 
日光東照宮の猿の彫刻
 
 
日光東照宮の鶏の彫刻
 
 
日光東照宮の犬の彫刻
 
 
 
【五重塔の北側の十二支】
 
イノシシ
日光東照宮のイノシシの彫刻
 
 
ネズミ
日光東照宮のネズミの彫刻
 
 
日光東照宮の牛の彫刻
 
 
 
以上が五重塔に設置されている十二支の彫刻です。
 
次の項目では十二支の彫刻に隠された秘密についてお話ししていきます。
 

五重塔の十二支の秘密とは?

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先ほど紹介した通り、東側には右から寅とウサギと龍の彫刻が掘られています。
 
これは不思議なことに徳川三代将軍の干支と同じ順番になっているそうですよ!
 
【徳川三大将軍と干支】

  1. 徳川家康(寅年生まれ)
  2. 徳川秀忠(ウサギ年生まれ)
  3. 徳川家光(龍年生まれ)
 
十二支には他にも秘密があり、ネズミと蛇と馬の彫刻は、五重塔にしか掘られていないと言います。
 
上記の話について『東照宮再発見』の著者の高橋春俊氏は、書籍中で以下のように語っています。
 

「時々社殿では鼠の被害に遭ったり、境内の石垣には大きな蛇がいて驚かされるし、厩には神馬がいるので鼠、蛇、馬の3種類はなくてもよいかも知れない。」

出典:日光東照宮の不思議再発見 その4 五重塔の12支の動物の彫刻

 
 個人的には、高橋氏の独特すぎる考察は非常に面白いと思っています!たしかに実物がいれば、彫刻にする必要はないかもしれません(笑) 
 
また、五重塔に十二支の彫刻が彫られた理由も明らかになっていません。
 
日光東照宮は1617年に創建されており、400年後の現在でも分からない秘密があるとは、本当に不思議な神社ですね!
 

日光東照宮の十二支の制作者の名前は?

下を指さす女性

 

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五重塔に十二支の彫刻を彫ったのは後藤正秀ごとうまさひでという彫物師です。
 
正秀は東照宮だけでなく、鹿沼秋まつりに使用される彫刻屋台の彫刻にも携わっています。
 
昔はお神輿を分解して箱にしまっていたようで、その箱には以下の文章が書かれていたそうです。
 
『日光五重御塔彫物方棟梁行年六十四歳 後藤周二正秀(しゅうじまさひで)鑿』
 
次の項目では後藤正秀の経歴についてお話しします。
 

十二支の制作者の経歴は?

後藤正秀は1772年~1842年の江戸時代に実在した人物で、本名を後藤周治正秀ごとうしゅうじまさひでと言います。

 

1818年に日光東照宮五重塔彫物方棟梁となりました。その彫刻技術が大変素晴らしく、地元でも名の知られた名工だったようです。

 

正秀は1822年に上田町の屋台、1836年に仲町屋台に彫刻を彫り、各地の彫刻にも後藤周治正秀の名を残しています。

 

まとめ

・日光東照宮の五重塔の高さは36メートル、横幅は6メートルである。

 

・日光東照宮の五重塔には東西南北によって以下の十二支の彫刻が彫られている。
 
・十二支の彫刻の制作者は後藤正秀ごとうまさひでという彫物師である。
 
 
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