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あなたは「日光東照宮五重塔にある十二支彫刻画像を見たい!」と気になっていませんか?
 
日光東照宮全体の彫刻を合わせると、なんと5173体もあると言われています!
 
この記事では『日光東照宮の五重塔にある十二支の彫刻画像・彫刻の制作者の名前と経歴』について深堀りしていきますね。
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日光東照宮の五重塔の十二支の画像は?

笑顔の女性

 

高さが35メートルもある巨大な五重塔は、東西南北で見られる十二支は異なるので、以下に方角別にまとめてみました。
 
【五重塔の東の十二支】
 
日光東照宮の寅の彫刻
 
ウサギ
日光東照宮のウサギの彫刻
 
日光東照宮の龍の彫刻
 
【五重塔南側の十二支】
 
日光東照宮のヘビの彫刻
 
 
日光東照宮の馬の彫刻
 
 
日光東照宮の羊の彫刻
 
 
【五重塔西側の十二支】
 
日光東照宮の猿の彫刻
 
 
日光東照宮の鶏の彫刻
 
 
日光東照宮の犬の彫刻
 
 
 
【五重塔の北側の十二支】
 
イノシシ
日光東照宮のイノシシの彫刻
 
 
ネズミ
日光東照宮のネズミの彫刻
 
 
日光東照宮の牛の彫刻
 
 
 
以上が五重塔に設置されている十二支の彫刻です。
 
次の項目では十二支の彫刻に隠された秘密についてお話ししていきます。
 

五重塔の十二支の秘密は?徳川家と関係あり?

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先ほど紹介した通り、東側には右から寅とウサギと龍の彫刻が掘られています。
 
これは不思議なことに徳川三代将軍の干支と同じ順番になっているそうですよ!
 
【徳川三大将軍と干支】

  1. 徳川家康(寅年生まれ)
  2. 徳川秀忠(ウサギ年生まれ)
  3. 徳川家光(龍年生まれ)
 
十二支には他にも秘密があり、ネズミと蛇と馬の彫刻は、五重塔にしか掘られていないと言います。
 
上記の話について『東照宮再発見』の著者の高橋春俊氏は、書籍中で以下のように語っています。
 

「時々社殿では鼠の被害に遭ったり、境内の石垣には大きな蛇がいて驚かされるし、厩には神馬がいるので鼠、蛇、馬の3種類はなくてもよいかも知れない。」

出典:日光東照宮の不思議再発見 その4 五重塔の12支の動物の彫刻

 
 個人的には、高橋氏の独特すぎる考察は非常に面白いと思っています!たしかに実物がいれば、彫刻にする必要はないかもしれません(笑) 
 
また、五重塔に十二支の彫刻が彫られた理由も明らかになっていません。
 
日光東照宮は1617年に創建されており、400年後の現在でも分からない秘密があるとは、本当に不思議な神社ですね!
 

日光東照宮の十二支の制作者の名前は?

下を指さす女性

 

関連:日光東照宮の世界遺産登録日や理由がすごかった!登録基準が厳しすぎ!

 

五重塔に十二支の彫刻を彫ったのは後藤正秀ごとうまさひでという彫物師です。
 
正秀は東照宮だけでなく、鹿沼秋まつりに使用される彫刻屋台の彫刻にも携わっています。
 
昔はお神輿を分解して箱にしまっていたようで、その箱には以下の文章が書かれていたそうです。
 
『日光五重御塔彫物方棟梁行年六十四歳 後藤周二正秀(しゅうじまさひで)鑿』
 
次の項目では後藤正秀の経歴についてお話しします。
 

十二支の制作者の経歴は?

後藤正秀は1772年~1842年の江戸時代に実在した人物で、本名を後藤周治正秀ごとうしゅうじまさひでと言います。

 

1818年に日光東照宮五重塔彫物方棟梁となりました。その彫刻技術が大変素晴らしく、地元でも名の知られた名工だったようです。

 

正秀は1822年に上田町の屋台、1836年に仲町屋台に彫刻を彫り、各地の彫刻にも後藤周治正秀の名を残しています。

 

まとめ

・日光東照宮の五重塔には東西南北によって以下の十二支の彫刻が彫られている。
 
【東側】
  1. ウサギ
 
【西側】
 
【南側】
 
 
【北側】
  • イノシシ
  • ネズミ
 
・十二支の彫刻の制作者は後藤正秀ごとうまさひでという彫物師である。
 
・後藤正秀は1772年~1842年の江戸時代に実在した人物で、各地の屋台の彫刻にその名を残している。
 
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