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あなたは祇園祭で山鉾巡行を見たとき「なぜ長刀鉾以外のお稚児さんは人形なの?」と思いませんでしたか?

 

実は 江戸時代では人形のお稚児さんはいません でした!なぜ現代は人形のお稚児さんが多いのでしょうか?

 

この記事では『人形の稚児を使う理由・稚児人形と山鉾の歴史関係』などについてお話ししていきます。

 

残念ながら公式での発表はありませんので、私の考えと証拠を組み合わせてお話ししますね!

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人形の理由その1:後継者がいないから

考える女性

 

祇園祭関連:祇園祭の山鉾の数は全部で何基?国の重要文化財に指定されていた?

 

 個人的にはこの理由が一番大きいと考えています。 

 

お稚児さんに選ばれると信じられないぐらいの費用がかかります。

 

一説では総額で2000万円以上の費用が発生すると言われているのです!こんな大金、かなりのお金持ちじゃないと払えませんよね…。

 

ご家族にも負担がかかりますが、お稚児さん本人にも負担がのしかかります。

 

次の項目でお稚児さん本人の負担を紹介しています。

 

お稚児さんの生活はかなり大変だった?

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お稚児さんは私たちの想像以上にハードな生活をしなければなりません。

 

祇園祭は特に伝統を大切にしているので、以下の伝統を守る必要があります。

 

  • おおやけの場で地面に足をつけてはいけない
  • お母さんを含む女性に触れてはいけない
  • お母さんの手料理を食べてはいけない
  • あまり小学校に行けない(行事の練習などがあるため)
  • 稚児舞、しめ縄切りなどの儀式の練習がある

 

以下の記事で大変な生活の詳細情報をお話ししているので、ぜひチェックしてくださいね!

 

関連:祇園祭の稚児が歩かない理由は?足を地面に付けちゃダメって本当?

 

関連:祇園祭の稚児の生活はとても大変!?母親の手料理が禁止な理由とは?

 

人形の理由その2:転落防止

 

泣く女性

 

祇園祭関連:祇園祭のちまきは食べられるの?食べるちまきの購入場所と価格は?

 

転落するとお稚児さんの命に関わるので、転落防止という考え方もできますね。

 

あれだけの高さがある山鉾から落ちたら絶対に無事ではすみません。

 

鉾は高さが約25メートルもあると言われています。25メートルは8階建てのビルと同じ高さです。

 

8階建てのビルの大きさが分かる画像

 

これだけ高い所から落ちて無事な子供はいませんからね…。

 

落ちないように後ろで大人が支えていた?

お稚児さんが儀式を行う時も、後ろで大人の男性が支えてサポートしているようですね。

 

以下で紹介している動画はしめ縄切りの様子です。4分ぐらいから支えているのが分かる思います!

 

 

なぜ長刀鉾のお稚児さんは人形じゃないの?

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 これは私の考えですが、長刀鉾は特に伝統を大切に守っているので現代でも人形は使わないのだと思います。 

 

女性が活躍しやすい現代になっても、長刀鉾は女性が乗ることを禁止しています。これは昔の”女人禁制”の考え方を守っているからですね。

 

また、長刀鉾は山鉾の中で一番最初に巡行を開始します。

 

一番最初に巡行するので、先ほど動画で紹介したしめ縄切りの儀式を行う必要があります。

 

しめ縄切りは「神域を開放する」意味がある大切な儀式です。

 

 このように昔からのしきたりを大切にしている長刀鉾が、お稚児さんを人形にするとは思えません。 

 

だからこそ後ろから支えたりして、お稚児さんが安全に儀式を行えるようにしているのでしょうね!

 

稚児人形は山鉾の歴史と深い関係があった?

メガネの女性

 

祇園祭関連:祇園祭の宵山は雨天時だと中止?雨の山鉾巡行に便利な持ち物は?

 

もともと船鉾・大船鉾以外の山鉾には人間のお稚児さんが乗っていました。

 

しかし、1788年(江戸時代)に京都で「天明の大火」が起こってしまったのです。この大火は3万7千軒の家が燃えるという大惨事だったそうです。

 

天明の大火によって山鉾の一つである函谷鉾かんこほこが被害を受けました。

 

1839年に何とか復興したのですがこのときに初めて稚児人形を使ったようですね。函谷鉾からだんだん他の山鉾にも稚児人形の普及が進んでいきました。

 

最終的には1929年に放下鉾ほうかほこが稚児人形を使うことになって、人間のお稚児さんを乗せるのは長刀鉾だけになったのです。

 

このことから山鉾の歴史と稚児人形には深い関係があったと言えそうですね。

 

まとめ

・お稚児さんが人形の理由は公式からの詳しい発表はない。しかし私は後継者不足説・転落防止説を挙げた。

 

・江戸時代までは船鉾と大船鉾以外には本物の稚児が乗っていた。

 

・1788年に函谷鉾が稚児人形を使うようになり、徐々に稚児人形が普及した。

 

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関連:祇園祭の稚児について詳しく知りたくない?お稚児さんの情報まとめ!

 

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!

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